私は現在、タイピングの練習に力を入れています。
タイピングというのは非常に奥が深く、
身体や心の状態で繊細に左右され、
脳の情報処理、指令の伝達、指の反応という一連の経路が完全に噛み合った時、最高のパフォーマンスが生まれます。
始めた当初は「目で見た情報をキーボード配列に変換する」という処理に時間がかかり、脳から指先への距離が遠く感じていました。
しかし、毎日練習を繰り返すうち、ある劇的な変化が訪れました。
「配列を考える」という意識的な作業を飛ばし、無意識下で処理できるようになったのです。
これは言語を話すプロセスに似ているかもしれません。
また、以前は多発していた「脳は『あ』と思っているのに指は『い』を打ってしまう」といったミスタイプも、回を追うごとに激減しました。
タイピングの練習には「寿司打」というゲームの、練習10,000円コースを使用しています。
1日の計測回数は10回に設定し、インターバルは40秒、スタート前に1度ウォーミングアップをします。
目標である「600文字」の達成率が上がってきた先週、初めての10連続達成を意識した瞬間、一気にプレッシャーを感じて指が硬直する体験をしました。
「またかよ……」。
かつての私は、何かを成し遂げようとするたびに、この「意識しすぎた瞬間」に自滅していました。
成功を強く願えば願うほど、思考が身体を追い越そうとして、結果としてパフォーマンスを下げていたのです。
過去の自分が「お前、結局昔と変わらないじゃないか」と笑っているのが鮮明に浮かびました。
しかし、私は結果を出すことが出来ました。
それは、技術が向上したからだけではなく、結果を出すための選択肢をいくつか持つことが出来たからだと思います。
以前の私は、心の在り方が身体の状態を左右するという考えに固執していました。
しかし、そのアプローチでは余計に「いつも通り」から遠ざかっていく事を学び、
身体動作から心という真逆の方向から働きかけることで、平常心を取り戻すことに成功します。
人間は脳が支配しているのではなく、身体が支配しているという考え方があります。
脳はあくまで後付けで「今の自分はリラックスしている」と納得させられているに過ぎず、
実際は身体が先で、→脳のリラックス→好循環、というものです。
究極は「身体が知っている状態」に到達すること。
それは、自転車の乗り方を一度覚えたら二度と忘れないような、不可逆的な変化を自分自身に起こすことです。
しかし、いきなりその境地にたどり着くことはできません。
脳が「頭では分かっている」と思っている間は、身体はまだ懐疑的だからです。
だからこそ、小さな成功体験という「実証実験」の積み重ねが必要になります。
寿司打の練習10,000円コースで600文字を打つ。
一見、小さなことに見えるかもしれません。
しかし、回数を重ねて「ミスなく打てた」という成功を脳に叩き込むたびに、身体は確信を深めていきます。
「自分には、この速度を処理するポテンシャルがあるのだ」と。
身体がその状態を一度でも「経験(記憶)」してしまえば、あとは簡単です。
二度目からは、脳が命令を下す前に、身体が勝手に動き出す。
この「脳の論理」を「身体の記憶」が追い越した状態を「根拠のある自信」と呼ぶのではないでしょうか。
結果はもちろん大事ですが、「身体が知っている状態(成功の型)」を自分の中にいくつインストールできるか。
そこに挑み続けるのもまた、人生の醍醐味なのかもしれません。
尾崎



